一般社団法人 日本周産期・新生児医学会

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学術集会

周産期学シンポジウム概要

最終更新日:2023年3月30日

日本周産期・新生児医学会(以下、本会)では夏期に「定例学術集会」、冬季に「周産期学シンポジウム」という二つの大きな学術集会を開催しています。また、「周産期学シンポジウム」を企画・運営するメンバーは周産期学シンポジウム運営委員として、選挙で選出され、本学会に設けられている他の委員会とはその構成と活動が異なっており、ある程度の独立性が担保されています。会員の方々にとりまして、この学会がそもそもどのようにして設立され、またどのようにして合同するに至ったかはご存知のない方も多々おられると思います。そこで日本周産期学会およびその学術集会として行われていた周産期学シンポジウムについて、その設立と日本新生児学会との合同にいたる経緯および現在行われている周産期学シンポジウムの概要なども含めて、ここでお伝えしたいと思います。

日本周産期学会設立の経緯

母体・胎児・新生児医療を専門的に扱う学会として従来は、日本新生児学会、日本未熟児新生児学会、日本周産期学会が存在していました。この中で最も古く設立された学会は、日本未熟児新生児学会で、第2次世界大戦中・後より急激な進歩を遂げていた米国医学の影響を受けて、設立されました。当時、日本小児科学会で未熟児医療に先駆的に取り組んでおられた諸先生が集まり、1958年4月に第1回目の会が「未熟児懇談会」として、大阪市立大学高井俊夫名誉教授が会長となり開催され、その後に未熟児研究会・未熟児新生児研究会と名称を変え、さらに今日の日本新生児成育医学会へと発展しています。一方、日本新生児学会は、日本産科婦人科学会が1960年に設けた新生児委員会が発端となり、1962年からは小児科側も加わり新生児研究会として開催されました。さらにこの研究会を学会に昇格させることに賛同が得られたため、1965年7月に第1回日本新生児学会学術集会として東京大学高津忠夫教授が会頭となり開催されました。
新生児医療はその後、保育器の導入、未熟児栄養方法確立、人工換気療法装置の導入、肺サーファクタント補充療法の開発と大きな進歩を遂げました。一方、産科医療も機を一にして分娩監視装置の開発と胎児心拍数変化の解析、超音波診断装置の導入、胎児の神経学的発育・内分泌学的変化の解析、胎児治療と大きな進歩を示しました。このように新生児医療、産科医療の劇的な進歩により、従来はブラックボックスの中にいて医療とは少し隔たれていた胎児・早産児が、科学的な診断・治療の対象となってきました。また胎児と新生児を母体と離して考えることも不合理であります。その結果、胎児と新生児を出生前後に分けて診るのではなくて、連続した個体として扱うPerinatologyの考え方が提唱されるようになりました。Perinatologyを文字通り訳せば、周生期ですが、諸般の事情により周産期と訳して日本では使用するようになりました。そして現在の周産期学の定義としては「妊娠・分娩に関する母と子の医学的、生物学的問題を研究する学問」が、一般的に用いられています。
周産期学の進歩と共に、専門家集団としての学会の設立、学術集会の開催の機運も高まりました。世界的には1968年、ドイツで第1回ヨーロッパ周産期学会(First Congress of Perinatal Medicine)が開催されました。また1979年の第9回FIGO世界大会(会長:東京大学坂元正一名誉教授)の翌年1980年には、アジア・オセアニア周産期連合(The Federation of Asia and Oceania Perinatal Societies:FAOPS)の構想が出来上がり、第1回のアジア・オセアニア周産期学会(会長:オーストラリアG.Thorborn教授)が開催されました。
このように周産期医学が一つの学問として定着してきたこと、FAOPSは加盟国の周産期学会を母体として参加する体制をとっていたことから、その受け皿となる周産期学会が日本でも必要となってきました。そこで、当時の周産期学のエキスパートの先生方が産科と小児科から集まり、日本周産期学会設立の発起人会を設立しました。そこで議論されたことは、学会はclosedで勉強会形式にすること・討論の結果をムック形式の冊子で残すこと・運営は年齢制限(55歳以下)を設けた幹事によること・国際学会の受け皿となること、等でありました。そして1983年1月22日に日本周産期学会が設立され、翌日に第1回の日本周産期学会の学術集会が開催されました。さらに翌年に第2回日本周産期学会が開催され、第1回と第2回の会長は、学会の設立に中心的な役割をされた坂元正一東京大学名誉教授でした。以降は年1回の学術集会が各地域の会長の下で開催されました。(「周産期学シンポジウム学術集会の軌跡」を参照)その後、世界周産期学会を設立する構想も浮上しました。その結果、世界周産期学会(World Association of Perinatal Medicine:WAPM)が設立され、1991年に東京で第1回世界周産期学会(会長:坂元正一東京大学名誉教授)が開催され、さらに2003年9月には第6回世界周産期学会(会長:村田雄二大阪大学教授)が大阪で開催され、両学会共に、日本周産期学会がその受け皿となり、共催団体となりました。

日本新生児学会との合同

日本周産期学会設立当初は、推薦による限定された会員組織であり、勉強会と共に国際学会の受け皿としての役割も重要でした。しかし、学術集会を重ねるにつれて、学会でテーマとして議論されたことが、日本の周産期学の標準として扱われるようになってきました。これには、シンポジウムのテーマを55歳以下の幹事たちが選定し、それを予め提示して演題を募集したうえで選定し、それから1年半以上かけて座長と発表者同士で発表内容を練りこみ、シンポジウム当日に会員と共に徹底的に討論し、その発表内容を学術報告集として出版するという、きめ細かな運営方式が寄与していると考えられます。そのため、この日本周産期学会の学術集会が日本、あるいは世界の周産期医療のオピニオンリーダーであると言っても過言ではない状況となりました。事実、短期間のうちに2度の世界周産期学会を日本で開催したことは、日本の周産期学の学問的な進歩を物語るものであり、また国際学会の受け皿として日本周産期学会がしっかり運営されていたことも重要と考えられます。
一方で、1965年7月から運営されている旧日本新生児学会でも、周産期学の概念が取り入れられ、新生児学から周産期学へと学問的に進歩し、両学会が関与する分野が時系列的にも重なり合うことになりました。そこで、旧日本新生児学会と旧日本周産期学会が合同し、新たに日本周産期・新生児医学会を設立し、日本の周産期学の中心的な役割を新学会に受け継ぐことになりました。もちろん、国際学会も新しい学会が受け皿となります。そして2004年7月に両学会が合同して初めての日本周産期・新生児医学会の学術集会(会長:多田裕東邦大学名誉教授)が開催されました。そして旧日本周産期学会の学術集会は、2005年1月に日本周産期・新生児医学会周産期学シンポジウム(会長:名取道也国立成育医療センター)として開催され、その形が受け継がれました。

周産期学シンポジウム運営方法

実際の運営方法を次に示します(2022年1月時点)。

1)周産期学シンポジウム会長

日本周産期・新生児医学会定款の施行細則25条2項により、理事会により選出されます。

2)周産期学シンポジウム運営委員

同定款施行細則第32条により、選出を行う年の4月1日現在で満56歳未満の評議員の中から選出されます。委員の任期は4年で再任を妨げません。定員は施行細則によりA(産科)領域4名、B(小児科)領域4名、C(小児外科、麻酔科などA、B以外の科)領域2名となります。
他に、理事会で幹事若干名を選任し、さらに、会長と次期会長予定者が委員会に加わります。
運営委員長、副委員長は委員の互選によります。

3)周産期学シンポジウム開催時期、場所の決定

会長は周産期学シンポジウムの開催時期と場所を決定します。開催時期は特別な事情がない限り1月とします。

4)周産期学シンポジウムのテーマの決定

運営委員会で、会員からの意見をもとに決定します。決定時期は、シンポジウム開催のおよそ2年前とします。テーマの決定に際しては、当該会長の専門領域を考慮しつつ、その時期に最も相応しいものとします。ただし、当該会長の専門領域には必ずしも捕らわれないものとしています。

5)演題募集と採否

学術集会のおよそ2年前にテーマを会員に知らせると共に、テーマに沿った演題を募集します。演題の応募締め切りは学術集会のおよそ1年半前とします。演題申し込み時には、発表予定内容をおよそ1500字以内にまとめた抄録を提出します。
運営委員会でシンポジウム全体の演題発表内容を考慮して採否を決定します。また、発表時間、座長も決定します。なお、関連する演題を応募演題とは別に追加して依頼することがあります。

6)演者と座長による打ち合わせ

発表当日までに座長と演者は発表内容について打ち合わせを少なくとも2回以上は行い、シンポジウム自体の充実度を高めるとともに当日の進行を円滑化し、討論の内容が散逸しないように配慮します。なお、打ち合わせの段階で不都合が生じた場合には、演者の発表内容や発表時間の改善などを促します。

7)周産期学シンポジウム抄録集の作成

発表者は発表内容を、座長は担当したセッションの討論内容をまとめて、抄録集に掲載する責務を負っています。学会終了時から3ヶ月くらいを目処に、原稿を事務局へ送付します。

以上が現行の周産期学シンポジウム運営方法です。


2022年8月29日改定

周産期学シンポジウム運営委員会
前委員長 大槻克文

2008年~2012年:幹事二期
2012年~2024年:運営委員三期
2018年~2020年:副委員長
2020年~2022年:委員長

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